「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」

「幸せな結婚生活」の原理と原則


~ 99%の人は「原理」と「原則」を区別していない ~

◎ 「結婚は人生の墓場」(ボードレール?)


新橋のガード下でくだをまくサラリーマンが鬱積した不満の矛先を向けるテーマは、やる気を挫き胃痛の種を撒き散らす鈍感上司だけではない。「結婚は人生の墓場だよ」と呟きながらため息をつく中年男性の姿も同様に酒席の定番だ。この名言(迷言?)は、19世紀フランスの詩人シャルル・ボードレールの言葉だと言われていた。しかし、ボードレールが残した文章や発言記録のなかに、「結婚は人生の墓場」などという意味の言葉は残っていない。

 ボードレールが活躍した時代のパリでは「梅毒」が大流行していた。この病気、当時はまだ治療法が発見される前で、不治の病として恐れられていた。そのような状況を憂えたボードレールは「素性の分からない相手と誰彼かまわず肉体関係を持つような自由恋愛はやめなさい。まずは体を清めなさい。そして、墓のある教会で貴方が愛する唯一の人と結婚しなさい」と戒めた。ところが、これが日本に伝えられたときに誤訳され、「恋愛は人生の墓場」とされてしまった。さらに変化して「結婚は人生の墓場」となってそのまま定着し現在に至っている。もともと誤訳であったものがなかば格言のように広まっているところを見ると、結婚生活に大いなる不満を抱いている人がいかに多くいるかがよくわかる。

たしかに、古くから伝わる哲学者や偉人たちが結婚を言い表した言葉もやたら手厳しい。

▼紀元前4世紀、アレクサンドロス大王に仕えたマケドニアの将軍は「結婚は、ほとんどすべての人が歓迎する悪である」と断言。


▼18世紀ドイツの実験物理学者:リヒテンベルグは「恋は人を盲目にするが、結婚は視力を戻してくれる」と言って一時の熱情で結婚に至る人間を愚かだと皮肉ったうえに、「熱病とは逆に、結婚は発熱で始まり悪寒で終わる」とこき下ろした。

▼19世紀ドイツの哲学者:ショーペンハウアーは「結婚するとは、彼の権利を半分にして、義務を二倍にすることである」と述べ、結婚は自由の敵だと主張した。

▼19世紀イギリスの詩人バイロン卿は「ずいぶん敵を持ったけど、妻よ、お前のようなやつははじめてだ。」と、奥さんの強さにため息をつく。


▼19世紀から20世紀にかけてイギリスやアメリカで活躍した劇作家バーナード・ショウは「結婚をしばしば宝くじにたとえるが、それは誤りだ。宝くじなら当たることもあるのだから」と言い放ち、結婚生活が成功する確率はゼロだという。

偉大な将軍、科学者、哲学者、劇作家が口をそろえて悪口を並べるが、結婚から“大当たり”を引き出す術は本当にないのだろうか。私たちは経験上、幸せな結婚生活を送っている夫婦が多数派ではないにしても現実にいることを知っている。あなたも「結婚こそが人生で最良のものだった」と躊躇なく言いきる人たちに出会ったことがあるだろう。では、「幸せな結婚生活」を実現するための「原理」は存在するのだろうか。世の中には「幸せな結婚生活の秘訣」と題した「教え」がいくらでもあるが、そのなかに信用できるものはあるのだろうか。


◎ 結婚生活を続ける秘訣 =「一緒にいる時間をなるべく少なくすることさ」
(ポール・ニューマン)

これは、『明日に向かって撃て』や『スティング』で知られるポール・ニューマンの言葉だ。妻ジョアン・ウッドワードとのおしどり夫婦ぶりがよく知られていたニューマンは、あるときのインタビューで夫婦が長続きする秘訣を尋ねられ、こう答えたという。

「夫婦が長続きする秘訣だって?それは、一緒にいる時間をなるべく少なくすることさ」

この言葉は夫婦円満の秘訣にまつわる様々な「名言集」に度々取り上げられるだけあって、なるほどと相槌を打った方も多いのではないだろうか。

ところが別のインタビューで「浮気したいとは思いませんか?」と尋ねられたニューマンは、すかさずこう返したという。

「家でステーキを食べられるのに、わざわざ外でハンバーガーを食べる必要はないさ」

これもなかなか説得力のある言葉だが、先ほどの同一人物の発言とは互いに内容が相反している。「名言集」には必ずと言っていいほど一貫性がなく、多くの矛盾を抱えている。

結婚生活を成功させることは宝くじに当選するより難しいと語ったバーナード・ショーも、次のような言葉を残している。

  「結婚するやつは馬鹿だ。 しないやつは ―― もっと馬鹿だ。」

当たりのない宝くじを買わない人が最も愚かだという矛盾を理解するのは難しいが、19世紀デンマークの哲学者のキルケゴールも同じようなことを語っている。

「結婚したまえ、君は後悔するだろう。 結婚しないでいたまえ、君は後悔するだろう。」

劇作家や哲学者は「幸せな結婚生活」を手に入れる秘訣を探ることを断念し、代わりに、矛盾を抱えた人間の本能を肯定的にとらえてエールをおくったのだろう。では、「幸せな結婚生活」についての「原理」、例外が一切ない真理・真実はあるのだろうか。


◎「あらゆる人智の中で、結婚に関する研究が一番遅れている。」(バルザック)

この言葉を残した19世紀のフランスを代表する小説家:バルザックが亡くなって170年近くになるが、私たちの結婚に関する知恵は多少なりとも発達しただろうか。いま世の中では、「幸せな結婚生活」を実現するためにどのような知恵が活用されているのかを、Googleで調べてみた。「幸せな」と打ち込んだところで、予測変換機能が真っ先に候補として挙げてきたのが「幸せな離婚」だったことはさておき、「幸せな結婚」という言葉のヒット件数は驚くことに約5,080万件もあった。

そこで繰り広げられているアドバイスの内容の一例をあげると、「ときには妥協することが大切」、「相手に求めすぎてはいけない」、「パートナーの欠点を他人の長所と比較しない」、「おいしい食事を大切に」「男女の違いを理解することが必要」、「会話を欠かさず不満を溜め込みすぎないことが肝心」、「最初にパートナー選びを間違えると取り返しがつかない」というように、とても多彩な主張が繰り広げられている。

じつに様々なことに着目し、多彩な表現がもちいられているものの、これらの考え方は大雑把にいって次の二つのパターンに分類できる。(占星術や血液型、占いに頼るものは除外)

「コミュニケーションと冷静な理解」不幸な結婚生活では互いに相手の強みや弱み、価値観を正確につかめていない。強い関係を築くには、十分に意思疎通し、パートナーをよく理解しなさい。

「受容と献身」仲たがいする夫婦は互いに相手に足りないところを非難し合う。円満な関係を築くには、相手の弱みを見つけたら受け入れて、求めるばかりではなく、相手につくしなさい。

ところが、これらの通説は矛盾や例外を数多く含み、使えることがあったとしても適用できる場面が限られるものだ。通説にはすべて、科学的な検証が欠けている。


◎「四ヶ月の交際が一生を保証するだろうか?」(ジャン・ジャック・ルソー)

恋愛時の盲目的な愛情や情熱は、たいてい結婚して4~5年もすると冷静な評価に取って代わられる。パートナーのことを客観的に眺められるようになると「そんなはずじゃなかった」と多くの夫婦が口をそろえるようになる。「幸せな結婚生活」のためには、パートナーへの幻想や誤解をなくすことが重要だとルソーは考えていた。

大半の通説でも、実際には相手がもっていないものを期待して要求ばかり繰り返すのをやめれば夫婦関係は好転すると説いている。相手をきちんと理解し、現実を受け入れれば、夫婦の絆は強まるという。だから、理想のイメージ(過去に抱いた幻想)にこだわり続けることが最も悪いと戒める。たしかに、不幸な結婚生活では、妻は、脱いだ靴下を選択かごに入れようともしない夫を責め立て、夫は、疲れて会社から帰ってくるなりご近所や子どもの愚痴を浴びせかけられることに辟易している。恋愛中には想像もしなかった本性を現したことを受け入れることができず、幻想と現実のギャップが埋められないことが「幸せな結婚生活」が手に入らない原因だという。

しかし、残念ながら良いものは悪いものの反対ではない、「幸せな結婚生活」と「不幸な結婚生活」は単に異なるだけだ。世界各国で行われた最新の科学的研究によれば、幻想や実現しそうもない理想を捨て、パートナーを正確に理解しても、「幸せな結婚生活」が手に入るとは限らないという結論を導き出している。夫婦が互いに正確な評価をし合っていること、結婚生活の質のあいだには何一つ相関関係はみられない。では「幸せな結婚生活」を導く「法則」は存在するのだろうか。


◎幸せな結婚生活に共通する「原理」

1980年代から、アメリカの心理学者:ジョン・ゴットマン博士は、3,000組の夫婦が会話する様子をビデオ撮影し、650組の夫婦を14年間追跡調査した。この研究から、「幸せな夫婦は、尊敬、愛情、共感という言葉で特徴付けられる」と結論付けた。調査ではまず、15分間ビデオ撮影し、1秒ごとに夫婦それぞれの顔の表情を切り取る。そして900枚の写真から「好意的な感情」と「敵対的な感情」それぞれの数を数えた。その結果、結婚が長続きするためには、「好意的な感情」と「敵対的な感情」の比率が5:1でなければならないことを発見した。その後離婚してしまう夫婦の場合、一方が努力を認めて欲しいと言っても、相手がそれを否定することが多かった。しかし、「幸せな結婚生活」を長く続ける夫婦では、相手の努力を本人以上に評価することが多かった。夫婦が互いを正確に評価しているなら、ポジティブな評価がネガティブな評価の5倍にもなることは考えられない。「幸せな結婚生活」をおくる夫婦の場合、夫婦はお互いに「相手のすばらしさ」について錯覚をしていると言わざるを得ない。この発見は、従来の考え方と真っ向から対立するものだ。

ニューヨーク州立大学バッファロー校、ミシガン大学、カナダのブリティッシュ・コロンビア大学、ウォータールー大学、イギリスのサセックス大学などで行われた研究も、ゴットマン博士の結論を裏付けている。満足度の高い夫婦では、すべての項目において、一方の相手方に対する評価が自己評価より高い。妻が自分の強みだとも思っていないことを夫は素晴らしい強みだと高く評価し、夫が自分の弱みだと感じていることを妻はそれほど深刻なものではないと考えている。そして互いの価値観を本人以上に立派なものだと信じている。これを「錯覚」と皮肉ることもできるだろう。しかし、このような「肯定的幻想」に彩られた夫婦は、現状の関係に満足しているだけでない。追跡調査によれば、パートナーのことをポジティブに歪曲し理想化する夫婦では、その後もさらに満足度が高まり、対立や怒り、疑いといった感情はさらに減少するという結果が報告されている。相手を善意に誤解することが、今日、夫婦間に強い絆を築けるうえに、明日にはそれがいっそう強まるのだ。


◎「結婚をしないで、なんて私は馬鹿だったんでしょう。これまで見たものの中で最も美しかったものは、腕を組んで歩く老夫婦の姿でした。」(グレタ・ガルボ)

「妥協」や「相手に求めすぎないこと」、「パートナーの欠点を他人の長所と比較をしないこと」、「おいしい食事」「男女の違いについての理解」、「コミュニケーション」、「パートナー選び」、どれも時には役立つこともあるだろう。心理カウンセラー、弁護士、エッセイストたちが、無責任にまき散らす「原則」(アドバイス)にも多くの真実が含まれている。しかし、それは「共産主義」などのイデオロギーと同様に、真実であるための条件を必要とする。時や場所が違えば何の役にも立たなくこともあるものだ。しかし、「肯定的幻想」に基づいて妥協し、相手に満足し、パートナーの長所を他人の欠点と比較し、男らしさや女らしさを自分にはない強みだと称え合い、互いに敬意をもってコミュニケーションすれば必ずうまくいくはずだ。夫婦の一方が自分自身を観察するよりも、相手がより多くの長所を発見してくれるようだと「幸せな結婚生活」は実現する。

「幸せな結婚生活」について、「肯定的幻想」は「原則」ではなく「原理」と言える。「原理(principle)」と呼べるものは前提・条件にかかわらず、いかなる場合にも適用できる。本当の幸福・成功を望むなら、様々な「原則」のなかから、その「原則」を成り立たせている「原理」を見つけ出すことだ。日本人などの農耕民族には、「原理」と「原則」を区別する思考習慣がない。「幸せな結婚生活」などといった、流動的で、予測不可能な、正解が存在しない未知の問題に立ち向かうときには、様々な「原則」に惑わされることなく、より「原理」に忠実でなければならない。

筆者自身が妻と腕を組んで歩く老夫婦になれるよう、さっそく妻の長所をより多く見つけていかなければならない。


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