「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」

歪んだ勤勉性神話が日本の企業文化を蝕んでいる


~日本の伝統的な労働倫理が日本人を会社嫌いにさせ、人々の能力を浪費させている~

藤原 尚道


先月の記事に「働き方改革をチャンスに変える法」について書いた。多くの労働者が能力を半分くらいしか発揮していない理由として私は次の2点を挙げた。

●「多くの人は残業することを目的に、手を抜いて適当な仕事をしている」

●「多くの人は組織の求める「型」を演じるために才能や情熱を発揮していない」

 すると、ある読者から「日本人は勤勉で誠実だというのは勘違いだったのでしょうか?」というご質問を頂いた。「勤勉」の意味は誰もが知る通り「一生懸命に精を出して励むこと」だ。勤勉性は日本人にとって最も強力なセルフ・アイデンティティであり、他国民から見た日本人のイメージでも、「勤勉」は数十年ものあいだ上位に入り続けている。ところが、私は「日本人は手を抜いた仕事をし、能力を存分に発揮していない」と主張したのだから、戸惑いを感じる方がいらっしゃるのは当然だろう。

 しかし、私は日本人が勤勉であることを否定するつもりは毛頭ない。逆に日本人はとても「勤勉」であると心から信じている。一方で私は、日本人は「勤勉」であることが原因で優れた仕事をすることに困難をきたしているという現象に懸念を抱いている。そこで今回は、「勤勉」な日本人が、なぜ時代が求める生産性の高い働き方ができないのかという理由を掘り下げていきたいと思う。

◎ 勤勉性というエートスが日本の高度経済成長を支えた

 松下幸之助は勤勉性を日本人が誇りにすべき特質だと考えていた。1968年の初版発行以来、累計約550万部を売り上げる大ベストセラー『道をひらく』には「勤勉は喜びを生み、信用を生み、そして富を生む。人間のいわば一つの大事な徳である。」と書かれている。この本は、1970年に大阪で開催された日本万国博覧会(EXPO'70)の松下館で実施されたプロジェクトで、5000年後の未来の人々へのメッセージの一つとしてタイム・カプセルに納められた。経営の神様は日本人の勤勉さは永遠の価値をもつものだと考えていたかもしれない。

 1968年と言えば国民所得倍増計画が予定の10年よりも3年前倒しで達成された翌年にあたり、日本全体がまさに高度経済成長の熱気に包まれていた時期である。日本は戦後の荒廃からただ復興するだけでなく、驚異的な経済成長を成し遂げた。勤勉の精神がその大きな原動力の一つであったことは疑う余地がない。テレビや冷蔵庫、洗濯機などが作れば作るだけ売れるような好景気のなかで、家電業界を牽引していた松下電器産業の社長として、厳しい工場労働に文句も言わず、黙って残業まで引き受けてくれる従業員たちの姿は心底有難いものであっただろう。労働者たちが疲れる仕事に愚痴もこぼさず体力の限り働こうとしたのは、彼らの心のなかに勤勉の精神がしっかりと根を下ろしていたからだ。

 世界には多くの国や地域があり、気候や風土、あるいは歴史によって様々な文化が築かれている。それぞれの文化には独自の考え方や価値観が育まれているが、それによって各文化にはそれぞれ独自の習慣や気質が生み出され代々継承されている。このような民族によって、それぞれ独自性をもつ精神的な特性はエートスと呼ばれている。敗戦後20年足らずの間に日本を世界の工場と呼ばれるほどの工業大国に成長し東洋の奇跡と言われた経済発展を支えたのが、日本人がもつ勤勉性を核としたエートスだった。では、日本人は本当に勤勉さで世界に抜きんでた民族だと言えるのだろうか。


◎ 勤勉性は日本の専売特許ではないが、日本人の勤勉さは世界では異質だ

 日本人のセルフイメージは、40年もの間「勤勉」が1位の座を守っている。外国人から見ても、勤勉さは日本人のイメージとして常に上位に挙げられている。「日本は仕事中毒の国」というステレオタイプは世界中で定着している。しかし、勤勉さは決して日本の専売特許ではない。ドイツの社会学者マックス・ヴェーバーが『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で述べたように、欧米で資本主義の発展を支えたのも勤勉の精神だった。

 アメリカ合衆国建国の父の一人に数えられるベンジャミン・フランクリンは、「正直」や「時間の正確」と併せて、「勤勉であること」を人間にとってもっとも大切な徳だと説いた。勤勉を説く『フランクリン自伝』は今でもアメリカの国民的愛読書としてロング・ベストセラーになっている。また、プロテスタント諸派を信じる人にとって、神との関係を証明するために一番重要なことは勤勉に働くことである。さらに、ユダヤのタルムードは「勤勉」が「正直」や「調和」と並んで、人が生きていくために欠かせないものだという内容の文章であふれている。そして、実際にプロテスタントやユダヤ人には極めて勤勉な人が多い。

 一方の日本でも、内村鑑三は『代表的日本人』で、西郷隆盛や日蓮などと並んで二宮尊徳を紹介して日本人の勤勉性をアピールした。また、全国の小学校には二宮金次郎の銅像が設置され、すべての子どもにとって見習うべき手本だとされた。欧米に追いつけ追い越せという目標を掲げて国民に勤勉の徳が求められた。日本人の勤勉さを誇るアイデンティティはすっかり定着している。しかし、同じように勤勉だと言いながらも、日本人の勤勉さは欧米人の勤勉さとは様子が違うようだ。そもそもオックスフォード英語辞典のオンライン版には「KAROSHI」という単語が登録されているが、欧米人はいくら勤勉でも「過労死」するまで働いたりはしない。勤勉という同じ言葉で表現されていても、その精神構造はまったく異なっている。

◎ 日本では「出る杭」だと思われないことも「勤勉」であるための条件だ

 欧米ではただ必死になって長時間働くだけでは勤勉な人だとは言ってもらえないし、誰も誉めてくれない。成果と結びついてこそ勤勉さは価値をもつものだと考えられているからだ。ところが、日本では、成果が上がっても上がらなくても、ただ必死な顔をして働いていれば勤勉だとみなされる。だから無意味な残業を繰り返していても、咎められるどころか仕事熱心な人だと勘違いされることさえある。逆に、集中して仕事を完了させた人が一人で定時に帰宅しようとすれば、 日中ダラダラと過ごして残業しようとしている他の人達から白い目で見られてしまうことすらある。誰かが残業しようとしているのに先に職場を後にする人は、それだけで怠け者のように思われることがあるのだ。


 さらに欧米では、勤勉な人はきちんと自分の意見を言うものだと信じられている。生産性を上げていくためには主体性をもった積極的な仕事への取り組みが必要だと考えられているからだ。一方日本では、たとえ上司から命じられたことに疑問を感じたとしても、何も言わずに指示に従う人が勤勉だと考えられている。たとえ効率の悪いことをやらされても、黙って周りのみんなと一緒に言うことを聞くことが勤勉だと言われるためには必要なのだ。

 日本社会で特殊な勤勉性が作り上げられたことには歴史的な理由がある。江戸時代の約260年の間に日本の人口は約1500万人から約3000万人に倍増し、食糧の増産が求められていた。歴史人口学者の速水融氏の「勤勉革命論」によれば、狭い島国で鎖国をし、身分が固定されていた日本で食料を増産するためには、労働力を大量投入して与えられた狭い土地(資本)を徹底的に有効利用するしかなかった。生産量を増やすために、家畜(牛馬)の数を大幅に減らし、農民の長時間労働によって限られた土地からの収穫量を増大させようとしたのだ。生産性を上げるために欧米諸国は家畜を増やし、機械化し、海外植民地に新たな土地を求めたが、日本では土地が限られていることを補うために、皆で足並みをそろえて牛馬の代わりを務めて長時間労働することが勤勉である証だと考えられるようになった。そして、この農民たちの考え方が日本の高度経済成長を支えた。


◎ 歪んだ「勤勉の精神」が日本企業の足を引っ張っている

 就業人口の中に占める第一次産業従事者の比率は第二次世界大戦前後には50%ほどあったが、1970年には20%を切り、そして現在では5%ほどになっている。これは製造業やサービス業が戦後に農村から出てきた人たちを吸収するかたちで発展してきたことを示している。つまり、戦後日本の経済発展は江戸時代以来の農民たちのエートスを活かす形で推進されたのだ。そして、村八分という罰で脅して労働者を過労させ、出る杭を打つことで職場の空気を同調させてモラルを高めるというやり方は、高度経済成長の時代にはうまく機能した。単純労働の時代には労働者が周囲の目を気にするだけで高い成果をあげることができた。

 しかし、現代は「いい物を安くたくさん」という松下幸之助の「水道哲学」が通用しにくい時代だ。勤勉の精神が日本の高度経済成長を支えたことは事実だが、すべての従業員に情熱的主体的にアイデアを出し合うような仕事ぶりが求められる時代に、歪んだ「勤勉の精神」が日本企業の仕事の質を大きく損なっている。21世紀になった今日でも、日本の多くの企業には江戸時代の農村構造の映し鏡のような文化が根を張っていて、人々はただ勤勉に見せるための働き方にエネルギーを消耗し、せっかくの能力をムダにしている。

 経営者や管理職は勤勉の徳に甘えるばかりで、労働集約型の成功モデルから抜け出せていない。また、人々がもっている才能や知恵を活かそうという意識が薄い。歪んだ「勤勉」を求められることで人々は会社嫌いになってしまい、仕事への情熱を失い組織に忠誠を尽くそうと思えなくなっている。今では企業文化の健全性は簡単な調査で測定できる。欧米の有力企業で活用されている手法だが、日本では職場の空気に関心をもつ企業さえめったにない。本気で勤勉さを成果と結びつけるような働き方改革を目指すのなら、自分たちの組織が歪んだ「勤勉の精神」にどれだけ毒されているかをチェックするところから始めなければならない。



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