「進化心理学・脳科学のレンズを通して政治・経済・一般常識を読み解く」

リーダーに求められる「賢さ」とは何か?


~ IQがコモディティ化する一方で、社会的知性の重要性が
  急上昇している ~

藤原 尚道


◎東大卒でもリーダーとして失敗する人が多いのはなぜか

 政府の主張とは裏腹に沈滞ムードが続く日本経済の中で、珍しく着実に拡大を続けている市場がある。それは学習塾・予備校市場だ。家庭が子どものために学校以外の教育に消費する金額は今でも拡大を続けていて、2018年には9700億円を超えたと予想されている。「脱学歴社会」が叫ばれて久しく、企業の採用欄では「学歴不問」を目にすることも増えてきた。ところが、頼りない我が子を目の前にした親は、学歴こそが人生を左右する重要事項だと考えてしまうようだ。

 実際に、多くの企業では“学歴”が管理職選びの主要な“ものさし”として使われている。私たちは超一流大学という肩書をもつ人を半ば自動的に、人の上に立つのに相応しい人物だろうと考えてしまう。しかし、誰にでも、高学歴なのにお粗末としか言い様がない上司に悩まされた経験が少なからずあるはずだ。“頭がいい”のに、組織をまとめてメンバーにヤル気になってもらうことができない人物の顔が、誰でもすぐに思い浮かぶことだろう。

 長い間私たちは、学校の試験で満点をとる人、“IQの高い人”のことを“頭のいい人”だとみなしてきた。しかし、学校でよい成績をとれる脳力と、リーダーとして周囲の期待に応えられる脳力とはまったくの別物だ。そのことに、既に多くの人は薄々気がついている。リーダーシップにはIQで測れる能力とは別の脳力が必要なのではないだろうか。


◎人類は血縁関係にない仲間とも協力して大きな群れをつくるために脳を巨大化させた 

 人間の筋力は、数百万年前に同じ祖先から枝分かれしたチンパンジーの半分以下だ。チンパンジーは握力が300㎏以上あるとも言われている。おまけにチンパンジーには牙もある。他の動物と比べて格段に戦闘能力で劣る人類が、この惑星の支配者となれたのはなぜだろう。それは、物事を論理的に考えることができる脳をもっているからだと考える人は多い。私たち人類は他の動物がもたない論理的思考能力を発達させることで今日の繁栄を築いてきた。この能力を活かして、農耕・牧畜やサイエンスや工業技術を発達させ、凶暴な外敵や食糧不足や厳しい気象条件など、人間の生き残りを脅かす様々な難題を巧みに解決してきたというわけだ。

 確かに私たち人類は他の動物と比べて格段に大きな脳をもっている。物事を論理的に考える能力が、人類繁栄の礎だという考え方には一理ある。しかし、進化という観点から見れば、人類は論理的思考能力を高めるために脳を巨大化させたのではない。私たちの祖先は100万年以上前、すでに今の私たちとほとんど変わらないぐらいに大きな脳を備えていた。ところが、人類が巨大な脳を、論理的思考能力が必要な農業やエンジニアリングに活用するようになったのは、たかだか1万年ほど前のことである。

 
一方で、人間の大きな脳は、実はかなり負担の大きな代物でもある。脳のサイズを体重と比較してみると、人間の脳は他の哺乳類に比べてかなり大きい。チンパンジーの脳の重さは約400gで体重の100分の1ほどだが、人間の脳は1250g~1400gもあり体重の50分の1を占めている。人間の脳は運転コストが非常に高い。私たちが体内に取り込んだエネルギーの実に4分の1ほどが脳で消費されている。人類は脳にカロリーを届けるために生きていると言ってもいい。私たちの祖先はこれほど厄介な重荷を100万年以上ものあいだ背負わされて、危険に満ちたサバンナを生き抜いてきた。

 進化が、人類に大きな代償を払わせてまで脳を巨大化させたのは、論理的物事を考えるためではなく、「血のつながりという制限にとらわれず、より大きな群れのなかでつながり、より大きな協力関係を構築する」ためである。こう主張したのは、人間にとって、平均約150人が「各メンバーと安定した関係を維持していける上限」であることを、脳の構造から説明したことで知られるイギリスの進化生物学者ロビン・ダンバーだ。私たちの祖先は「他人同士がお互いに信頼し合い、つながり合い、協力し合う活発な社会を築く能力」、すなわち社会的知性を高めることでサバンナの厳しい生存競争を勝ち抜いてきたのだ。ところが、現代社会に生きる私たちは、非社会的知性のことばかり気にかけている。IQテストの点数や出身大学から予測できる論理的思考能力や抽象的思考能力といった種類の知性にはこだわるが、人類が100万年以上の年月をかけて育んだ共感能力などの社会的知性の向上に取り組む人は少ない。


◎100万年以上かけて磨き上げられた能力が遊んでいる

 産業革命以来、私たちの物質的な生活を飛躍的に豊かなものにしてくれたのは科学技術の進歩だ。サイエンスやエンジニアリングの発達、まさしくこれは私たちが非社会的知性を向上させた成果である。だから私たちはもっぱら非社会的知性に注目し、学校教育でも、子どもたちの論理的に考え抽象的に理解する能力を鍛えようとする。

 ところが科学技術が高度に発達し、極めて複雑なものになった結果、新技術の開発も、科学的研究も、すべて一人の個人の手に負えるものではなくなった。コンピューターゲームを例にとると、40年前、テトリスの時代には、1人の天才が数ヶ月で世界的なヒット作を創り上げることも可能だった。ところが今日、1本のゲームを開発するには平均で40人のスタッフが16か月協力しなければならない。ゲーム業界に限らず、製造業、金融業、医療機関、研究開発機関、あらゆる分野で業務の専門化と細分化が進み、あらゆるプロジェクトで、それに取り組むチームメンバーのコミュニケーションや協力関係の質が重要性を増している。

 組織のメンバーが正直に気持ちを通じ合い献身的に協力し合うことの恩恵は、日増しに大きくなっている。逆に、豊かな人間関係を築くことができない組織を待ち構えるリスクは増大している。ところが、現在多くの組織は「建設的なコミュニケーションが難しい」、「愛社精神(帰属意識)が育たない」、「利己主義が蔓延し、創造的な協力関係が築けない」といった問題の解決に苦心している。これらは働き方改革を妨げる最大の障害にもなっている。しかし、人類の脳が「血縁関係にないもの同士が大きな集団で協力する」ために大きくなったのなら、私たちには想像を超えた大きな可能性があることになる。私たちには、このような問題を解決するために数百万年をかけてひたすら進化させた社会的知性が備わっているのだ。


◎リーダーシップは人間の心を理解することから始まる

 私たちは人と意思を通じ合い、わかり合いたいと心から願っている。私たちは信頼できる集団の中に居場所を得て、そこで有能に活躍したいと願っている。私たちは、心の奥底では利己主義を嫌い、 互いに長所を活かし短所を補い合う協力関係を結びたいと願っている。私たちは、放っておいても周りの人とコミュニケーションしようとし、集団を作ろうとし、仲間と協力関係を結ぼうとする。私たちの脳には自動的に社会的知性を働かせようとする本能的な欲求が生まれつき備わっているのだ。

 私たちは、遺伝子にプログラムされた、社会的知性を高めてそれを発揮することで、多くの組織が抱える“難題”を解決することができるだろう。社会的知性とは人間の心を理解する能力である。信頼関係に裏打ちされた機能的なチームを作るリーダーは、コミュニケーションする相手の感情に、必ず細やかな共感を示しているものだ。そして、自分自身の心についてもよく知っている。自分はどのような価値観を大切にしているのか、どのような場面で怒るのか、他人に対してどのような感情を抱いているのか、いつも自分自身の心のなかをのぞき込んでいる。更には、大切にすることや感じ方が人によってそれぞれ異なることを当然だと考えている。

 今こそ私たちは、社会的知性を高めてそれを発揮する努力を始めなければならない。自分自身を知り、他者を理解し、自分自身と周囲の人々との関係や、チームの中で自分がどのように行動すればよいかをきちんと考えなければならない。孫子の「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」という2500年も前から伝わる教えにも通じるものだが、私たちは、社会的知性を鍛える訓練をこれまでほとんど受けたことがない。学校の成績はほとんどが非社会的知性で評価され、社会的知性についてはほとんど誰も教えてくれなかった。非社会的知性の代表格である論理的思考能力は、まもなくAIの発達によって補うことができるようになるだろう。しかし、コミュニケーション能力や協調性の必要性は日増しに高まっている。

 リーダーが自分自身とチーム全体の社会的知性を高めていく努力をしなければ、チームが現代の生存競争で生き残っていくことはできない。しかし、私たちの脳には豊かに育つ社会的知性の種が埋め込まれている。筆者が心理学の「心の理論」にもとづいて開催しているリーダーの社会的知性を高める研修の受講生からは、筆者の予想も超えるような成果が上がっているとの報告が寄せられている。私たちには大きな可能性があるのだ。

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